ぽれぽれ号の旅

北海道滝川市から人生の新たな選択と可能性につながるボディートーク&アクセス・バーズを発信しています
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過去から今、そしてその先へ
たまたま目にした4年前の過去記事
今に繋がる内容だったのでびっくりしてしまいました。


4年前の年末、友人が実に楽しそうにピアノを演奏する姿を見て
私も弾きたい!と心が動かされました。そして年明け早々には、我が家のピアノを調律する流れになりました。

あの調律がなんと17年ぶりだったことは
過去記事を読むまですっかり忘れていました。
随分長い間放っておいたものです。


それからの4年間、私にはたくさんの出会いがあり、さまざまな意味で変化もしてきました。
その中でも、音楽に関わる何かしらのエネルギーが動き出しているのは間違いない気がします。

これからどんな現実が現れるて来るのか、今はまだイメージの中ですが
音楽を通して心動く事が起きて行きそうです。





| 2019.02.19 Tuesday (08:00) | 徒然 | comments(0) | trackbacks(0) |
あの日私は大人になった
私の住む北海道滝川市は
一年の中で2月が最も寒さが厳しくなります。

今年はありがたいことに雪も少なめ、気温もそれほど低くはありませんが・・・

毎年この季節になると思い出す光景があります。


それは中学2年生の冬の出来事。

かなり冷えたその日の夕方、私は友人の家から自宅へと向かっていました。

長靴に愛用のミニスキーを履き
手にはボブスレーを引くロープを持って。

*ミニスキーとは、長靴にベルトで装着するプラスチック製の子供用スキー。スケートのように道路を走る?滑る?遊び道具
*ボブスレーとは、プラスチック製のソリ。冬季間はソリとして遊べるだけでなく荷物を運ぶのにとても便利なグッズ


友だちの家で遊びすぎてしまい、いつの間にか日も暮れていたので
私はいつも以上に急いで自宅に向かっていました。

道路は全体が表面のザラついたスケートリンクのように固く締まっていたので

その時私の耳には、ザーザーッ、ガラガラガラ〜とミニスキーとボブスレーから響く音が
不思議なくらい大きく聴こえていました。

そんな中、向こうから歩いて来た下校途中の高校生たちとすれ違ったのです。

おしゃべりしながら帰る高校生と、大きな音を響かせながらソリを引く自分。

私はその時初めて、自分の幼い姿を客観的に見ている自分を感じました。

中学2年生にもなって!
もう中学2年生なのに!

「あ!もうこれは終わりなんだ。終わりにしなければいけないんだ」
とハッと気づいたのです。

そして私は、その日限りでミニスキーとボブスレーにサヨナラをしました。


自ら楽しい子ども時代に幕を下ろし
周りの目や世の中の当たり前に自分を合わせ始めた一つの出来事です。








| 2019.02.18 Monday (08:00) | 徒然 | comments(0) | trackbacks(0) |
私を描いてもらう(具象版)
画家 光田色李(こうだいろり)さんが
私の似顔絵を描いてくれました。


画家の視点

そのフィルターを通して描かれる自分を不思議な気持ちで見つめています。

よく似ている。
そりゃ、私だもの。

とはいえ
私を私として感じさせるのはどこだろう?
彼女の眼差しは何を感じているのだろう?

画家が表現するリアルさを
興味深く思います。


抽象版でも私を描いてくれています。
近日中に紹介します。





色李ちゃんと一緒の写真、思ったよりも少なくて…。
(後ろの絵は私の母が若い時に描いたものです)





| 2019.02.17 Sunday (08:00) | 徒然 | comments(0) | trackbacks(0) |
マチュピチュのお話会
昨年の9月にマチュピチュへの旅をしたtaeさんから
旅のお話を聞かせていただきました。


たくさんの写真や動画と共に
マチュピチュという未知の場所を
疑似体験させていただく時間でした。

taeさんは今回の旅の間
不思議なくらい何度も繰り返し
困難な場面に出会います。

高熱や喘息発作など体の症状
携帯の盗難という事件
アナフィラキシーで三途の川のすぐそばまで行く体験も。

旅の始まりから終わりまで
まさに冒険の連続だったようです。


数日間の旅の中に
これまでの価値観を変えざるを得ないほどの数々の気づきもあったようで
マチュピチュのエナジーを私も感じさせていただきました。


そして地球の裏側でのtaeさんの体験を聞いたことは
旅は生きる事そのものだと
考える機会にもなりました。

想像を遥かに超えた現実が現れ
その現実がどんなに困難であったとしても
その体験からは逃げることはできません。
自分自身の体験だからです。

どうしても次の一歩を選択しなければなりません。
どんな困難な状況でも選択を重ねるからこそその先で
頂上からの景色に出会えたり
深い呼吸ができる幸せを知ったり
自分の内側にあった真実の想いに巡り合える機会にもなります。


taeさんが体験した遠い旅先の出来事は非日常のエピソードに満ちていましたが
私たちの毎日も実は
自分の予想を超えた出来事の連続です。
鉛のように体や荷物が重くても
一歩前へ歩く事を選んでいくのだろうなと感じました。
その場に留まり続けることはできないからです。
そしてまた、安心の場所へ還って行く…。
旅は人生そのものだなと思いました。


taeさんの体験をみんなで共有し
シェアし合えたのも意味深く
同じお話を聞いても共鳴するのはそれぞれで
一人一人がそれらを贈り物として受けとるお話会でした。







| 2019.02.16 Saturday (08:00) | 徒然 | comments(0) | trackbacks(0) |
私は賽銭箱
ユニバース(宇宙)は
いつもギフト与えたくてウズウズしているらしいです。


それなのに
「ユニバース、もっとちょうだい!」
と求めてくれる人がいないから
与えようがないんだって!


そんな話をしていた時にピンと閃いたイメージは・・・

「私は賽銭箱〜〜」
と両手を広げてユニバースからのギフトを受け取りまくる図 笑。


賽銭箱??

なんじゃそりゃ、と突然降ってきたイメージに友人と二人で大笑いしたけれど
このイメージ悪くないと思うなぁ(^o^)


ただしユニバースのギフトはユニークだから、期待した形では現れない可能性も大きいらしい。

賽銭箱である私も、受けとり上手なユニークな賽銭箱でありたいと思うのであります。






| 2019.02.15 Friday (08:00) | 徒然 | comments(0) | trackbacks(0) |
ちょっと難しそうと思うこと
先日の歌の会に思うこと。


人前で
一人で
ピアノ伴奏で歌う

言葉で書く以上にその非日常の舞台は
例えそれが仲間うちの楽しみの場だったとしても
「ちょっと難しそう」と感じる場面でした。


「ちょっと」というのが微妙なさじ加減なのです。


すごく難しそうなら相当な覚悟が必要になり、行動に移すまでのハードルが高すぎます。

全然難しそうでないなら
なんだかワクワクしたり楽しそうとは思えないかもしれません。

ちょっと難しそうと感じることって、できるに違いないとすでに知っている気がします。

「ちょっと」のさじ加減。

ドキドキしながらも覚悟を決めるのにちょうど良い
難しそうだけれど、できそう。
それくらいのハードルが良いですね。


今回は歌うことでしたが
対象がなんであれ
「ちょっと難しそう」
と感じるものはきっと必ず出来ることだから
怖くてもやってみるのは
小さな成功体験に繋がるなと思いました。

いろいろな場面でこうした体感を積み重ねていると
「かなり難しそう〜〜」
というハードルの高い課題にも
向かい合える気がします。


ちょっと難しそう
ちょっと恥ずかしい
ちょっと自信がない
・・・
いろいろ葛藤があっても
ちょっとなんだもの
やっちゃえばいいんだよね!笑


そうだ!
今回、みんなで歌った曲を全曲リストアップしておこう!

楽しかったなぁ。

・花は咲く
・ノクターン(平原綾香)
・ひこうき雲(松任谷由実)
・アイネクライネ(米津玄師)
・木蘭の涙(スターダストレビュー)
・ふるさと(嵐)
・愛をこめて花束を(Superfly)
・糸(中島みゆき)
・Everything(MISIA)
・天城越え(石川さゆり)
・アメイジンググレース(本田美奈子)
・大地讃頌(合唱)
・ハナミズキ(一青窈)
・M(プリンセス・プリンセス)
・時代(中島みゆき)
・手紙〜拝啓十五の君へ〜(アンジェラ・アキ)
・千の風になって(秋川雅史)
・ふるさと(唱歌 合唱)
・見上げててごらん夜の星を(坂本九 合唱)









| 2019.02.13 Wednesday (08:00) | 徒然 | comments(0) | trackbacks(0) |
解放される時間を過ごす
合唱で繋がるメンバーで
おもしろい事をしちゃいました。


一人一人自分が歌いたい曲を
代わりばんこに
ただ次々と歌う集いです。


みんなで一品ずつ食べ物を持ち寄り
食べながらしゃべって笑って
互いの歌に耳を傾ける
非日常のカオスとも言える自由な集いなのでした。

歌いたければ歌い
歌を聴きたければ聴き
おしゃべりしたければ聴くことよりも優先し

食べたければ食べ
飲みたければ飲み

そして笑って・・・


そんな時間を幸せと思う人たちと
一緒に過ごせる幸せ!

そこに身を置くだけで
自分自身が解放されていくのがわかりました。

たった一人で人前に立つのも
ピアノの伴奏で歌うのも
ちょっとは覚悟が必要で

歌うという行為そのものに
心と体を開く作用がありますから
扉は自然に開かれていきました。


なかなか一人きりではできない体験でした。

この日お互いに貢献し合って生まれた
新しいエネルギーは
きっと世界の果てまで届いているに違いない!


会場はこんな素敵な個人宅です。



ちょっと見えずらいですが
私はこんな雰囲気で歌いました。






| 2019.02.12 Tuesday (08:00) | 徒然 | comments(0) | trackbacks(0) |
自分のあり方くらい自分で決める
自分に対して

まだまだダメ
もっと頑張らないと
人に合わせ過ぎ
自己主張し過ぎ
情けない
全然出来てない
ちゃんとできない
恥ずかしい
みっともない
努力できない
コツコツできない
適当過ぎる
お調子者
人には厳しい
甘ちゃん
年相応でない
分別がない
常識がない
冷たい
自己チュー
臆病
怖がり
無鉄砲

長い間こんな風に
自分にたくさんのダメ出しをして来ました

書いてはいないけれど
身体へのジャッジも数えきれないほど!

本当にたくさんたくさん!



先日観た映画「ボヘミアンラプソディー」の中で
主人公フレディが
「自分のあり方くらい自分で決める」
と言ったひと言が響きました。

私もそうありたい!と今も求めているからです。


世の中の常識
価値観
正しさ
普通はこう!

自分の周りにある見方・考え方を
自分そのものよりも優先するから
当てはまらない自分をダメだと認識しがちだけれど

どんな自分も
これが私。

できない事がたくさんあっても
足りなくても
普通にできなくても
これが私。

そこに気づくには
これまで心の奥で求めていた
行ったことのない場所
今まで会ったことのない人
ピンと来たこと
食べることでも
歌うことでも
書くことでもいい。

ただやってみたらいいと思っています。

私もここ数年
少しずつやり始めました。

以前の自分なら決して選ばなかったであろう選択を通して
出会っていなかった自分自身に出会い
新たな一面を認識しました。

そして、ダメ出ししていたもの全てが
良い悪いの判断を超えたところにある
「私そのもの」
とわかったのです。

全部ひっくるめて唯一無二の私だった〜〜と笑うしかなくなってしまいました。

自分を知れば知るほど
自分へ向けていた制限から
より自由になれるようです。







| 2019.02.11 Monday (08:00) | 徒然 | comments(0) | trackbacks(0) |
空知ポップ・アート展 2月12日正午まで!



開催中の空知ポップ・アート展。

素材も表現方法も自由で個性的。
ずっと観ていたい作品ばかりです!

2月11日(月)の正午まで
砂川ゆうで開催中(^o^)

































| 2019.02.10 Sunday (08:00) | 徒然 | comments(0) | trackbacks(0) |
ピンと来たら即行動しなければいけませんか?
昨日のブログを読んで下さった方から
「ピンと来たらすぐに行動しなければいけないのでしょうか?」
と質問が届きました!

質問ありがとうございます!
とっても嬉しかったです。
これからも質問をお待ちしています(^o^)

質問にお答えするつもりで
昨日の続きを書きますね。



もし自分の心の中に
伝えたいけれどなかなか伝えられない想いをずっと持ち続けていたとします。

この場合、それはどちらかと言えばネガティブなイメージの想いです。

例えば
「私はあなたのその言葉にいつも傷ついている。ずっと我慢している」
という想い。

夫婦や親子、友人、ご近所さん、同僚…
自分との関係が近いほど
丸くおさめる為には自分が我慢をするしかないという状況もあります。
自分がその役を背負って来た人、きっと多いのではないかなぁ?

ただ、
一度つくられたお互いの関係を変えるキッカケは、なかなかないものです。


いつか本当の気持ちをわかってもらって
より心地良い関係になれたらと求めていたとして…

そう想い続けている時期は
表面上は何も変化はないように見えます。

時間と共に心の奥にしまい込まれて、普段はもう意識していないくらい馴染んでいるかもしれません。


そしてある時「伝えるのは今だ!今がタイミングだ」とピンと来ちゃうわけです。

押さえてきた感情のエナジーは一度動き出すと
自分では制御不可能なエナジーとして表現される可能性もあります。

怒りのエナジーで相手を罵倒するかもしれないし
その場から急に飛び出していくかもしれない。
ひたすら言葉が溢れて、涙も溢れるかもしれません。

相手に伝わるとか、心地よい関係になるとか、それすらももうどうなってもいい!笑

思考の入る隙もなく
行動はエネルギッシュなのです。


現実が変わるというのは
自分の中にあった真実を表現することでもあります。

これまで選んだことのない行動を選択する、そこがスタートです。


こう考えていると
行動を起こすかどうかについては
本人だけがわかるタイミングがありそうです。






| 2019.02.09 Saturday (08:00) | 徒然 | comments(0) | trackbacks(0) |
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