ぽれぽれ号の旅

北海道滝川市から人生の新たな選択と可能性につながるボディートーク&アクセス・バーズを発信しています
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長いトンネルの先に
トンネルを抜けると





そこは空と雲だった。




昨日は久しぶりに汗ばむ陽気の一日でした。

夫の運転で高速を走り
義母の元へビューンと往復してきました!



わずか2時間あまりの滞在は
妹夫婦も一緒に
みんなでたくさんしゃべって笑って
いろんな思いのギュッとつまった時間を過ごすことができました。



今日は良い天気だと季節を感じ
美味しい美味しいと食事をいただき
元気で良かったとお互いの無事を確認し合う。
そんな風にただ普段通りに自由に過ごせる幸せを家族で語り合う。


そんなささやかな事が幸せそのもの。


これが長いトンネルを抜けた先に
私たち家族の見ている景色です。






| 2019.07.07 Sunday (08:00) | 家族 | comments(0) | trackbacks(0) |
離れていても繋がっている
本州で暮らす二男が、サークル仲間の友人から相談を受けたようです。


その内容は割愛しますが
二男から友人へのアドバイスはなんと
「うちの母さんと話してみれば!」
だったそうです。


以上について軽い説明と一緒に
「そのうち、電話が来ると思うから」
と二男からメッセージが送られて来ました。


・・・

おいおい。
ちょっと待って〜。
私は誰とどんな話をするのさぁ?笑

二男から少し詳しい話を聞き、私と友人のお母さんが直接電話をするという流れが整っていきました。


それから数日後
「初めまして」
の挨拶から始まる母親同士の電話は
一度話し始めてみるとお互いいろいろな事を何の壁も感じずに語り合い…
北海道と関東圏の遠距離通話は、深い話へと展開していきました。

そして、自分たちの子ども同士が良い関係でいるおかげ様で、このような形での出会いになった事を喜び合うことができたのです。


二男が親元を離れて三年数ヶ月。
どんな暮らしをしているのか、一度も見に行った事はありません。

今回の電話は、二男がこれまで大切にしてきた人と人の繋がりや彼の在り方をほんの少し垣間見る機会となりました。

現在就活中の二男への心配をなかなか払拭できずにいましたが
きっと大丈夫だとわかったような気がします。

離れていても信じる意識で繋がっている。
そう感じる事ができ、心は穏やかです。









| 2019.06.23 Sunday (08:00) | 家族 | comments(0) | trackbacks(0) |
故郷の岩見沢へ
平成の終わりは
自然の流れで
故郷の岩見沢へ行って来ました。

ちょっとした用件はありましたが
あとはノープランでのんびりと。


産土(うぶすな)神社を訪れたり
開き始めた桜の花に癒されたり

夫と二人、ゆっくりと過ごすことができました。


そして、平成の30年間は私にとってどのような時間だったのかを思っていました。


20代から50代。


人生の大きな変化を経験する年代が
私の平成時代でした。

もちろん様々な事がありました。

その中で最も素晴らしい経験は
三人の子どもに恵まれ
子育ての経験をさせてもらったことです。

そう思いながら振り返ると
親子で一緒に過ごせたのは
本当にあっという間の
夢のような時間だったと感じます。

今は三人とも成人し
それぞれの場所で暮らしているので
私にできることは
三人がそれぞれの人生を切り開いていくのをただ信じて、遠くから見守ることくらいになりました。


ただ信じる…
ただ見守る…
そのような存在がいてくれることが
どれほど幸せで豊かな事なのか
ようやくわかって来たところです。

新たな時代も変わらず
親子、夫婦・・・家族の繋がりを通して
たくさんの経験を重ねていけたらと思います。









滝川よりも少し早く
桜の花が開いていました。

















| 2019.05.01 Wednesday (08:00) | 家族 | comments(0) | trackbacks(0) |
ただ側にいた子どもの頃のように


母がこの絵を描いたのは
もう何十年も前の事です。


若い頃から絵を学びたいと願っていた母。
実際に学び始めたのは30代になってからでした。


まだ小学生だった私には
その日々が
母にとってどれほどの喜びだったのか
知る由もなく・・・


時には母の写生について行き
描き終えるのを
木の実を拾って待っていたのを思い出します。


そして今、母が過ごしていたその頃を思う時
親子で安らぎの中にいた事への安堵感があります。


この安堵感は
きっと過去への執着なのでしょうが

遠い過去の親子の体験は
今、一緒に暮らす上での
土台になっているように思うのです。



日々の生活には
親子だからこその
大小さまざまな葛藤があります。

私も自分の内側を整えるのに
時間がかかる場面が多々あります。

それでも何とか大丈夫なのは
ただ母を見ていた子どもの頃のようなまなざしを
今の自分の中にも感じられる時があるからです。

ジャッジのないまなざしを感じると
全てを許容しようと思える瞬間が訪れます。



目の前に現れている現実と
どんな在り方で向かい合うのか?

それを知り行動していくのが
今の私の学びだと受けとめています。





| 2019.04.17 Wednesday (08:00) | 家族 | comments(0) | trackbacks(0) |
離れていても届くもの
それぞれの場所で
それぞれの人生の物語を綴りながら
精一杯に生きてほしい


そう願い祈ること


親の私が子どもたちにできるのは
目に見えない世界の事がほとんどだなと
改めて思う日々です。





| 2019.03.29 Friday (08:00) | 家族 | comments(0) | trackbacks(0) |
冬から春への自然のリズム

私の住む北海道滝川市は
昨年の冬は観測史上最大の降雪量で

生活道路も大雪のため除雪が追い付かず
道幅は車一台分。

(2018年2月15日撮影)







そして、今年は・・・。
2月の降雪量が観測史上最少でした!

そんな訳で
「今年は春の訪れが早いね!」
と夫と話していた先日。

「確か去年、3月に写真を撮ったはずだ」
と夫が携帯を確認してみると


まさにちょうど一年前、
夫が家の南側を撮していたではありませんか!




一年後の同じ日に気づくなんて
これはキセキかもしれない!

じゃあ今年も撮しておこうと
3月の同じ日に、同じアングルで撮影しました。





去年。




今年。


矢印に注目してね!
全然違うでしょ?

わかるかな?



あと数週間で
今年の雪も全てなくなるでしょう。
この自然のリズムに心安らぎます。

いよいよ春です。







| 2019.03.12 Tuesday (08:00) | 家族 | comments(0) | trackbacks(0) |
制限なく安らぎへ向かう扉
昨年秋に起きた母の捻挫。
その出来事から受けとったギフトについて以前ブログ記事(困ったことが起きた時も)を書きました。


起きた出来事への見方が変わると
それは困りごとではなくなり
気づきを促す出来事となります。

別の見方=ギフトとなるのです。


年明けから
浴室リフォームという
大きなギフトが動き出しました。

そして昨日
最も必要としていた
入り口の段差解消が叶いました(^ ^)


新たな入り口を見て
これまでどれだけ制限の中にあったのかを
初めて実感できました。

これまで段差があっても
特に不自由なく過ごしていたのですから
何もなければこの制限に
意識が向くことも無かったはず。

制限の中にいる事を
制限の外側に出て初めて気づく!
これは全てに当てはまるのかもしれません。


段差のない入り口は
安らぎに向かうための新たな扉です。

制限を取り払った先に
何がどう現れるのか
ただ受けとろうと思います。


『How does it get any better than this?〜これよりもっといいことは?〜』







| 2019.01.24 Thursday (08:00) | 家族 | comments(0) | trackbacks(0) |
困ったことが起きた時も
昨年の10月下旬
母は家の中で転倒し
左足を捻挫しました。

「ソファから立ち上がっただけで?」
と思う事自体、私がまだまだ母を理解していない証でもあったのですが…。

私はこの出来事が起きた時
「この状況にあるギフトは?」
とまず問いかけをしました。

問いかけは
決めつけがちなものの見方を
別の側面からも受け取れるよう
「気づき」を促すツール(道具)です。

母の捻挫 = 困りごとが起きた
という決めつけた見方も
気づきによって
別の見方=ギフト
になる可能性が広がります。

そして
別の角度からも見ることができた時
いつの間にか、その出来事は
困り事ではなくなっているのです。


さて、母の捻挫からのギフトは
どのようなものだったのかといえば…

1.母の座っているソファの座面の高さが低かった事に気がついた
→ 捻挫の数日後に作業療法士の講演を聞く機会があり、転倒の理由もなるほど!と納得。

2.デイサービスでの入浴サービスを自然な流れでスタートできた
→ 自宅以外での入浴には消極的だったので捻挫がきっかけとなった。

3.我が家の浴室が思っていた以上に母には危険だとわかる
→ 段差の解消、引き戸への変更、手すりの設置などのリフォームへ。

4.今、何が優先なのかを選択しながら楽な気持ちで過ごせている。

これら全てが「ギフト」だったと思うのです。

一つ一つはささやかなことであったとしても
捻挫が起きなければ
気づかずにいた事や
行動に移そうとはしなかったであろう
新たな選択へ繋がったのですから。

今は、幸い母の捻挫は完治しました。
過ぎてしまえば
何も困った事は起きていません。
浴室のリフォームも間もなく始まります。






| 2019.01.07 Monday (08:00) | 家族 | comments(0) | trackbacks(0) |
マヤ暦から得た安らぎ
マヤ暦で家族の繋がりを観てもらいました。
私と夫、私の母の三人の暮らしを
客観的に受けとめるのに大いに参考になったのでシェアしたいと思います。



まず、マヤ暦から見ると私と夫の間には
何ら繋がりがありません…。
夫は「まさか??俺は信じない」と言っていますが
そこは紛れもない事実なのです(笑)
その二人に子どもたちが生まれて
私たちは家族になれたんだなとまず腑に落ちました。



私たち夫婦には繋がりはありませんが(^^;
家族のメンバー同士は
お互いに複雑に繋がり合っている事も
マヤ暦から読み取ることができました。

そして子どもたちも成人し
二人の生活になるかと思いきや
私の母が同居するという人生の流れが巡って来ました。



マヤ暦で観ると
母は私たち家族全員との
相互の繋がりを持っているだけでなく
中でも夫との繋がりが深く
お互いに学び合う関係だとわかりました。

これについても「俺は信じない!」と言う夫ですが(笑)

では、夫と私の母は何を学び合う二人なのか?
それは
もともと他人の二人が
心の在り方として
本当の親子へと近づいて行く過程
そこにお互いの学びがあるということです。

私たち夫婦は結婚から30年以上経ち
今は家族となりましたが
夫と母にはそれぞれの暮らしがあり
これまで日常は直接深く関わらずとも
お互い平和に過ごして来ました。

同居して初めて
日々の中で
お互いを深く知り
歩み寄り
分かり合う必要に迫られ

一緒に暮らしたからこそ
これまで見せずに済んでいた
心の奥のこと
蓋をしていたさまざまに
向かい合わなければならない
そんな場面がやってきます。

目の前に起きる現実に
「さあ、どうする?」
と気づきを促されるのです。



今、私が描いている家族の景色があります。
それは年老いた母の手をとって
夫が寄り添って歩いている。
その二人の姿を
私が少し後ろから見ているという景色です。

この安らぎの景色が
きっといつか現実になることを求め
そんな家族になれるよう
今を積み重ねていけば良い。
その意識で
日々を過ごしていこうと思います。



今回マヤ暦で観ていただき、また一つ心が定まりました。






| 2019.01.05 Saturday (08:00) | 家族 | comments(0) | trackbacks(0) |
クリスマスの朝
クリスマスの朝。

子どもたちが幼い頃は サンタさんからのプレゼントを枕元に見つけて、幸せいっぱいを思いきり伝えてくれる朝でした。


その姿から私は、どれほどの安らぎと喜びと豊かさを受けとっていたことか! なんて素晴らしいギフトだったのでしょう!

今朝は夫婦であの頃のエピソードを思い出しては大笑いデス。

今日も輝かしくわくわくする冒険の一日を(^ ^)





| 2018.12.25 Tuesday (09:10) | 家族 | comments(0) | trackbacks(0) |
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